石破茂会長石破 茂 です。

先月29日の北朝鮮によるミサイル発射に続き、さる3日は6回目となる水爆と思われる核実験と続いたため、3日の水月会研修会における講演では核抑止政策の在り方についてお話したのですが、予想外の反響となり、今週はいくつかのテレビに出演し、新聞各紙でも取り上げられることとなりました。

このテーマについて言及したのは今回が初めてではなく、欧州のニュークリア・シェアリングをはじめとする核戦略については随分と以前から公の場でも論じてきたのですが、その時は全くと言ってよいほどに反応はありませんでした。本来このようなテーマは、平時に冷静な環境の下で論じられるべきなのですが、いつもながら、危機が顕在化してからでなければ議論が具体化しないのは誠に残念なことです。

中国が最初の核実験を行ったのは1964年10月16日、まさに前回の東京オリンピックの開会中でした。このオリンピックに「中国」として参加したのは中華民国(台湾)であり、当時「中共」と呼称されていた中国は国際的にも広く認知されず、日本との関係は極めて悪かったと記憶していますが、大会の真っ最中に核実験を強行したことに当時の北京政府・毛沢東共産党主席の強烈な意志を感じます。

「パンツをはかなくても核を保有する」という言葉はあまりにも有名です(正確には、当時の陳毅外相が「ズボンを質に入れてでも核を保有する」と述べたものが、毛沢東の言葉として伝えられているようですが)。

「同盟は共に戦うものだが、決して運命を共にするものではない」と述べたのはフランスのドゴール大統領ですが、フランスはアメリカの強い反対に遭いながらも核を保有し、インドもソ連からの核の傘の提供を受けることなく独自に核を保有し、現在に至っています。

「他国の庇護のもとにあることを潔しとせず、民族として自立する」という価値観それ自体は否定できるものではないでしょう。その意味で言えば、金正恩委員長も、北による朝鮮半島の統一を念頭にそのように考え、中国に対しても「貴国と同じ政策を採っているのになぜ我々を非難するのだ」と考えているようにも思われます。

NPT体制には「核のアパルトヘイト」と呼ばれるように「米・露・英・仏・中5か国だけが核を保有できる」「インドやパキスタンのように『やったもの勝ち』である」「NPTに入っていない国にはそもそも適用がない(イスラエル?)」という様々な不公平さがあります。

日本がそれでもなおこれに加盟し、強く支持するのは「唯一の被爆国である日本が核を保有すれば核ドミノが引き起こされ、どの国も核を持つ世界は今よりもなお悪い」との考え方に基づくものです。これに加えて日本が核を保有することは、ウランの輸入や使用済み燃料の再処理を可能としている米国やフランス、カナダなどとの2国間協定の破棄をもたらしてエネルギー政策が成り立たなくなりますし、そもそも核実験をする場所など日本のどこにもなく、極めて非現実的と言わざるを得ません。

「米・露・英・仏・中は特権を有し、インドやパキスタンにも核保有が許されているのに、何故北朝鮮には許されないのか」という問いに正面から答えるのは意外と難しいのではないでしょうか。

自国の体制を守るために核を保有することは認められないというのは、答えになっているようでなってはいない。「人権を無視し、特異な独裁体制を持つ国の核保有は認められない」という他はないように思われますが、これも「では人権を尊重する民主主義国なら核保有は許されるのか」という問題にすぐ逢着してしまいます。

だからこそ全面的な核保有禁止なのだということになるのでしょうが、そこに至る道筋は困難極まりないもので、唱えていればいつかは叶うというものではありません。どのように考えてみても「核を使用しても効果はなく所期の目的は達せられない」という拒否的抑止力(ディナイアル・ケーパビリティ)を高める他はないように思われます。

弾道ミサイルが速度が遅く、姿勢制御も多弾頭化も困難で比較的脆弱な状態にある、ブースト段階(発射直後)での迎撃能力を追求することは一つの解となりうるものであり、急務でしょう。

「脅威」とは能力と意図の掛け算の積なのであって、意図はともかく、能力を持ち、意思決定が迅速に可能な国は、北朝鮮に限らず我が国周辺に存在しています。意思を軽減するのが外交であり、その重要性は極めて高いものですが、それだけで安全保障は十分なのではありません。

かつて日本の首相がソ連の中距離核ミサイルSS20を知らず、世界を驚かせたのは40年近くも前のことですが、「持たず、作らず、持ち込ませず」の非核三原則に加えて「議論もせず」の四原則を、周辺情勢が激変した今もいまだに堅持することで平和が保たれると信じておられる方の多いことに改めて驚愕しています。いつまでもこんな思考不徹底の言論空間を続けている余裕など今の我が国にはないはずです。

随分と以前に絶版になっているものと思いますが、「国家安全保障の政治経済学」(吉原恒雄・泰流社・1988年)は何度読み返しても新鮮な刺激を受ける本です。

北朝鮮と米国については川上高司拓大教授のここ10年間の論考が、北の核政策については「不拡散における誘因の欠如 なぜ北朝鮮は非核化しなかったのか」(渡邊武・防衛研究所紀要2017年3月 ネットで検索可能)、核政策全般については「核神話の返上」(防衛システム研究所編纂・内外出版)が読みやすくて示唆に富みます。

古典的・空想的な言論と、直接に取材もせず匿名座談会的な傾向の強い排外的な言論に取り囲まれている昨今ですが、異なる様々な立場から批判されることはむしろ良しとすべきなのでしょう。

私自身、独善的になることのないよう、自重自戒して参ります。

週末は、9日土曜日に全日本病院学会特別シンポジウム「明日の日本をデザインする」にパネラーとして参加いたします(午後4時・石川県立音楽堂・金沢市)。

季節の変わり目、皆様お元気でお過ごしくださいませ。

政策コラム執筆者プロフィール
石破茂会長石破 茂 鳥取1区【衆議院議員】
生年月日:昭和32年2月4日
当選回数:10回
学歴:1979年3月 慶應義塾大学法学部卒業
得意な政策分野:安全保障・農林水産・地方創生