八木哲也八木 哲也です。地元の愛知県豊田市・みよし市の地方新聞「矢作新報」(R2.9.25)に掲載された私のエッセイ「時々刻々 No.973」をご紹介します。

【「時々刻々 No.973」】菅新首相は今ある問題に全力を

7月の長雨が終わり、8月に入ると一転して猛暑になった。9月に入っても暑さは続き、いまだに蝉が最後の力を振り絞るように鳴いている。そんななかでもコロナ禍ではマスクは外せない。季節外れのマスクに私のようにみな息苦しさを感じているのでは、と思う。
 
8月28日、安倍晋三首相が突然の辞任記者会見に臨んだ。潰瘍性大腸炎の再発と悪化が理由だ。体調に不安があるなかで「政治判断の誤りがあってはならない」と説明した。第1次安倍内閣と同じ辞任理由である。外見上はお元気だった。私は残り任期1年で有終の美を飾るべく頑張ってくれものと思っていた。

連続在任期間は7年8ヶ月、通算在任日数は3186日。連続でも通算でも首相の在任記録を更新する金字塔を立てた。様々な批判も集めたものの、経済・外交・安保・教育・社会保障に成果を残したのは確かだ。安定した政権、決めることができる政治だったためだ。私の国政への道も安倍人気のおかげもあったと思う。

辞任会見が終わるとあっという間だった。自民党は一斉に総裁選に走り始めた。いち早く二階俊博幹事長が菅義偉官房長官を担ぎだすと細田・麻生・竹下・石原各派が雪崩を打つ。「勝ち馬に乗る」べく5派が支持を表明した時点で、早々に勝負はついてしまった。

我が石破派もすぐに集まって激しく議論した。「負け戦をあえてする必要があるだろうか。来年の総裁選に万全を期すべきだ」「自民党は党員に支えられている。党員の意見に耳を傾けなければならない」。主戦論と慎重論が交錯する。そこは派閥だ。最後はみな「石破茂の決断に従う」と一致した。翌日、石破は立候補を決めた。

岸田派も同じようなジレンマを抱えていたと思う。勇気をもって立候補を決めてくれたおかげで3候補が争う構図になった。テレビ討論などで国民に開かれた党であることを少しは理解していただけたと思う。少しは気骨がある党だとみせられたのではないか。

コロナ禍と景気低迷のなか政治的空白は許されない。今回の総裁選は党則にのっとり、簡易的な両議員総会で決めることになった。党員票は各県3票。これに党青年局が「党員選挙をすべきだ」と強く反発した。私も同調した。各県で予備選を実施し、3票を割り振る妥協策に落ち着いた。
 
9月14日、新高輪プリンスホテルで総裁選が行われた。結果はご存じの通りだ。愛知県は党員による投票率63%。石破12137票、菅20698票、岸田1751票。ドント方式により、菅2票、石破1票となった。
 
16日に臨時国会が召集され、首相指名選挙で菅義偉氏が第99代内閣総理大臣に就いた。マスコミは衆院解散・総選挙を煽る。いま大切なことは選挙による政治的空白を生じさせず、コロナ収束と経済の再生に全力を注いで国民に「納得と共感」を感じてもらうことだ。
 
16日夜、私が会長を務める「日本を明るくする会」の役員会を開いた。菅首相は当会の名誉総裁でもある。日本を明るくするために、我々会員も全面的に支援すると確認し、祝杯を挙げた。

政策コラム執筆者プロフィール
八木哲也八木 哲也 愛知11区【衆議院議員】
生年月日:昭和22年8月10日
当選回数:3回
学歴:1972年3月 中央大学理工学部管理工学科卒業
得意な政策分野:経済産業 科学技術・イノベーション 文部科学 地方創生